川島神社の「神紋」です♪
鎮座地は、徳島県吉野川市(旧麻植郡)川島町字城山195番地。
祭神は・・・なんと・・・四十四柱の神々・・・(@_@;)!!
昨日紹介した「東道神社」のすぐ西側、かつての川島城址に大正五年十月二十日に新たに建立された神社です!!
吉野川の改修工事により、社地移転を余儀なくされた「浮島八幡宮」を中心として、当時の神社合祀の機運に伴い旧川島町内多くの神社を合祀されています。
また、川島神社では県下稀にみる「七十五膳の神事」という古式にのっとる神事が、毎年十月二十二日の秋の大祭に行われ、農事百般の豊穣祈願が行われています。
川島神社を語るには、かつて「粟島(今の善入寺島)」にあった「浮島八幡宮」について調べなければなりません・・・。
しかし、「浮島八幡宮」は、明治末期、吉野川改修工事の為に移転・合祀されてしまいました・・・。
何故・・・社地を完全なまでに破壊してしまったのか・・・???
私には、明治時代の「阿波隠し」のにおいがプンプンと・・・。
城山の西端の「岩の鼻」という巨岩の露頭の上の展望台から見た「吉野川」です♪
右に見えるのが・・・日本最大級の「川中島」の「粟島(善入寺島)」が見えます!!
ここでも疑問が・・・・
「粟島(あわじま)」は、「阿波」の国名のもとになった島です!!
それを何故・・・「善入寺島」・・・などと、名前を変更してしまったのか・・・。
ここにも「阿波隠し」のにおい・・・。
「岩の鼻」へと向かう石段の脇には、かつて今のJR阿波川島駅前にあった「大日寺」の「心礎石」が石垣に組み込まれています♪
川島城址のある城山からは、なんと「銅鐸」まで出土しているのです!!
出土した「銅鐸」は、高さ47.6cmの「川島銅鐸」で、「流水紋銅鐸」とも呼ばれています♪
平成8年(1996年)、島根県雲南市加茂町の「加茂岩倉遺跡」から、34個「銅鐸」群が発見され、「川島銅鐸」と同じ鋳型で作られた多くの「兄弟銅鐸」の存在が明らかになっています♪
「川島銅鐸」は、その「11号銅鐸」と「兄弟銅鐸」であることが判明しています♪
「銅鐸出土地」から見た「粟島」です♪
かつては3000人あまりの人々が住んでいました!!
しかし・・・全員が「強制撤去」されています・・・。
対岸は・・・古代の「奈良」の地です♪
(●^o^●)♪