
3月28日の日曜日に行った、徳島県美馬郡つるぎ町の「友内神社」です♪
旧貞光町の川見地区にあります!!
古来忌部の古社と言われ、創立年代も古く藩政時代には「友内大権現」と称し、明治初年の神仏分離の時、「友内神社」と改称されました♪

川見集落から友内山へと坂道を登っていくと、鳥居がありました(^-^)♪

狛犬が出迎えてくれます♪

結構・・・坂道です・・・!!
その昔・・・まだこの道が舗装されていなかった時の事、夏の暑い・・・そうお盆の頃だったと思います。
その頃は「忌部」も「古事記」も興味はなくて、貞光町に多くある「四つ足堂」を探して写真を撮って廻っていました(^-^)♪
友内神社の写真を撮りに行ってたら、このあたりで33ナンバーの乗用車がスタックしていました!!
多分、帰省して友内神社にお参りに来ていたのでしょう。
私はオートバイ・・・TY250スコティッシュだったような・・・トライアルマシンです♪
車のジャッキを借りて・・・タイヤをスリップから脱出させてあげました!!
もちろん私は泥だらけになりながら・・・。
しかし・・・乗っていた男女二人は・・・挨拶もせずに走り去って行きました・・・(;一_一)!!
お礼など期待していなかったけど、せめて挨拶くらいはして行けって・・・!!
まぁ・・・その後、きっとバチが当たっているでしょう・・・けどネ!!

友内神社です♪
祭神は「天日鷲命」です!!
「忌部」ですネェ・・・(*^。^*)♪



倭国研究所・大杉博氏の阿波を紹介した「神代の史跡案内」によると・・・
元は友内山の山頂に本殿があり、ここは拝殿でした。
今はここが本殿となり、山頂の建物は"奥の院"と呼ばれています。
友内山は昔、木綿麻山・宮内山・木綿内山・連台山などと呼ばれていましたが、この山が本当の高千穂です。
半田町に高千穂神社がありますが、この高千穂神社は、元は友内山の山頂にあったものと思われます。
忌部大神宮が長曽我部元親によって焼き尽くされた後、阿波の藩主となった蜂須賀公は、忌部大明神が復興すると自分の領地が減るので、木綿内山を「友内山」と呼ばせたり、高千穂神社を半田町内の山頂に祀らせたり、神宮寺を中鳥島へ建てさせたり、半田の山の中腹を「あわぎはら」とよばせたり、五所神社を木屋へ建てさせたり、吉野と呼んでいた地名を「吉良」と変えさせるなどして、遺跡をわからなくし、忌部大神宮を復興させないようにしたようです。
とありました(@_@;)!!


友内山の美しい写真も、半田の高千穂神社の写真もありますが・・・すぐには出てこなかった・・・(泣)!!
また、改めて紹介いたします(--〆)♪

境内にあった「立石」♪

登山道の入り口にも祠が・・・。

丸に友のマークでした♪

神社の後に道が延びていたので・・・どこまで行けるか走ってみました♪
林道といっても・・・すべてコンクリート舗装されていました・・・残念!!

ここで行き止まり・・・結構長かったです♪
昔はこうやって、道を見つけては走り廻っていました・・・(*^^)v

この場所から見た眺めです♪
北西方向を見ています!!
(●^o^●)♪