昨夜は・・・本当に・・・ショックでした・・・!!
1時間以上もかかって入力したブログデータを・・・一瞬にして消してしまったのですから・・・(涙)!!
毎朝4時台から「鉛筆画」を描いていて・・・睡眠不足なのに・・・。
と、いうわけで・・・昨日の続きを始めます・・・!!
11月3日に行った、奈良県天理市の「大和神社」です♪
境内の参道が長く続いています!!
参道の途中にあった鳥居です!!
まだまだ参道は続きます♪
拝殿が見えてきました(^-^)♪
大和(おおやまと)神社
御祭神 日本大国魂(やまとおおくにたま)大神 (大地主大神)他
大和平野に長い森を列ねて、鎮座します神々は、崇神天皇六年まで皇居にお祀りされていた日本の大地主大神であり、交易・農・工・商業等の繁栄を司り、式内明神大社としてお祀りされていました。
「阿波倭説」があります♪
七世紀末~八世紀初頭のころ、帝都は阿波から奈良大倭に遷されたというものです!!
遷都が行われた場合、もとの京師(みやこ)の主要地名はどうなるのでしょうか?
それらはおそらく、新都に移されたのではないかと思われます。
その結果、新都と旧都で同一地名が生まれます。
そして、しばらくは、旧都(倭)の古い歴史や伝承は旧都のこととして伝えられますが、時の経過とともに、やがて新都の地名をとおして、それらが新都の出来事とて潤色されていく・・・。
そう仮定できるのではないでしょうか・・・・!!
お断り この文章は「大嘗祭」の中の「阿波古代史」(財団法人京屋社会福祉事業団)を流用しています。
何故・・・奈良県天理市の「大和神社」へ行ったのか・・・??
それは、「古事記」「日本書紀」等には「倭(やまと)」と「大倭(おおやまと)」の二種類の表記が行われているからです!!
通説では、両者を奈良地方の国名とし、律令制定のころ、「倭」を「大倭」に改称したとされています。
これに対して「阿波倭説」では、「倭」は旧都の「阿波」、「大倭」は新都の「奈良地方」を表す名としています。
両説を検証するには、「日本書紀」で崇神天皇が「倭の国」に祀ったと記されている「倭大国魂(やまとおおくにたま)神社」をただすのが最も確実な方法で、当該神社の鎮座地こそ「倭の国」といえます。
そこで「延喜式」の神社をみると・・・
奈良県山辺郡(現天理市)に「大和坐大国魂(おおやまとにいますおおくにたま)神社」が
阿波国(徳島県)美馬郡には「倭大国魂(やまとおおくにたま)神社」が
定められているのです(@_@;)!!
「倭大国魂神社」です(●^o^●)♪
徳島県美馬市(旧美馬郡)美馬町にあります!!
一昨日の「種穂山」から見た風景に戻ります!!
徳島県美馬市(旧美馬郡)脇町にある「倭大国敷神社」です♪
延喜式(巻九・十)
阿波国美馬郡 倭(やまと)大国玉神大国敷神社二座
大和国山辺郡 大和(おおやまとの)坐大国魂神社三座
とあります♪
「水の神」 「ミツハノメ神社」(八大龍王神社)です♪
「土の神」 「ハニヤスヒメ神社」です♪
そして・・・徳島県美馬市(旧美馬郡)穴吹町にある「イザナミ神社」(伊射奈美神社」です♪
「ミツハノメ」「ハニヤスヒメ」は、「イザナミ」が生んだ神様です!!
そして、の三つの神様は、「延喜式」には、いずれも「阿波国」のみに存在しています(^-^)!!
阿波(徳島)って・・・不思議な場所でしょ・・・(^-^)♪
(●^o^●)♪