伊加々志神社は、こんな場所にあります♪
手前の土手状のものはJR徳島線です!!
「伊賀々志」の地名の残る場所には、市立川島中学校が建っています(^-^)♪
「伊賀々志」の地名の残る場所と「伊加々志神社」の中間を東西に旧道が走っているのですが、ある民家の石垣の上に気になる立石が・・・。
等間隔にずっと石棒が並んで立っているのです??
(*^_^*)♪
「伊加々志神社」があるのは、徳島県吉野川市(旧麻植郡)川島町で、吉野川市の西端の山川町船戸と、吉野川の対岸(北岸)の阿波市(旧阿波郡)阿波町林との間にある吉野川最狭部が「岩津」です♪
ここは徳島県北部の吉野川流域の気候や文化の境となる地点でもあります!!
「古事記」に出てくる「出雲」とは・・・正確には「以津裳(いつも)」なんです♪
「以津裳」を「出雲」と置き換えてしまったことに・・・悲劇が・・・。
「以津裳」とは、この「岩津」の東側、吉野川の中流域から下流域・海岸部にかけてをいいます!!
この「岩津」の少し北の「日吉谷」にイカガシ姉弟の弟「伊迦賀色許雄命」が住んでいました(^-^)♪
「伊迦賀色許雄命」は、記紀によると・・・
天神・地祇の社を定め、多くの土器を作ってまつるなど、神祇制度の起源説話に登場します♪
「本郡林村郷司谷に宮居し給せる神ありて、河畔に梅林をつくり給ひ、自ら慰みておはせ事ありき其後開化天皇の御宇、伊香色雄命来りて同村日吉谷に宮居し給ひし頃、梅林を東西に分ちしと伝う・・・」
「阿波郡誌」より・・・。
「郷司谷」は「日吉谷」の左になります♪
これらがある「長峰」は、阿讃山脈から南に延びる七つの舌状丘陵が櫛状に連続しており、西から数えて二つ目の丘が、弥生中期後半を中心とする高床式建物や竪穴住居等二十数棟が発見された西長峰遺跡、四つ目の丘が「郷司谷」、五つ目が「日吉谷」となります♪
丘陵の麓の田園地帯から南を見た眺めです!!
手前の三角の山が「種穂山」、その後ろのひときわ高い山が「高越山」です(^-^)!!
両方とも霊山として知られています(*^_^*)♪
南西の「剣山」方向を眺めています!!
(*^_^*)♪
「西長峰遺跡」から下った麓には「北岡古墳(西)」があります♪
入口の羨道は、すこしかがめるだけで入れます!!
石室は広くて、天井も高く、かなり立派な横穴式石室です(^-^)♪
少し東側の丘陵の端には「北岡古墳(東)」があります♪
今回は草だらけ・・・でしたが、草の生えていなと・・・入口は小さく、はって入らないといけません!!
が・・・気持ち悪くて入る気がしません・・・(;一_一)♪
吉野川の「岩津」は「川湊」です♪
かつて、このあたりは交通の要所であり、文化的にも重要な場所だったのでしょうネ!!
(*^_^*)♪