
徳島県美馬市美馬町郡里にある国指定史跡「郡里廃寺跡」の発掘成果の現地説明会が、1月10日に行われました!!
「郡里廃寺跡」は、白鳳時代に創建された徳島県最古期の寺院跡です。
東西約100m、南北約120mの広大な寺域を有していました!!
私は仕事でこの近くを通る事が多く、発掘調査が行われると時々写真を撮りに寄っていました(^^~
写真は塔の建っていた基壇で、高さは約60cm、約6m四方の大きさですが、これはこれまでに大きく削られていて、調査によって最大で一辺約12mあったと考えられるようです。

塔南トレンチです!!
白線が本来の基壇になるようです。

現地説明会の受付のテントには、これまでの出土品も展示されていました。
軒丸瓦です♪
ハスの模様が入っています!!
香川県でも同じ型を使った軒丸瓦が出土しているそうです!!

今回の調査では「鴟尾(しび)」の破片が出土しています♪
「鴟尾」とは、屋根の大棟を飾る瓦の一種で、寺院の場合は主に金堂・講堂に飾られるものだそうです!!
昭和42・43年の1・2次調査では無文の鴟尾、平成18年の4次調査では連続した羽根状の文様が施された鴟尾が確認されていて、今回の6次調査で3例目となります♪

丸瓦と平瓦です!!

写真をクリックして拡大してもらうとわかりますが、内側に布目の模様が残っています!!
これは瓦を型に押し付ける時、はがしやすいように布を挟んだ為に残っているそうです!!

今回出土した「鴟尾」です♪

側面に穴が開けられており、鳥よけの何にかを差し込んでいたようです(^^~

現地説明の様子です。
塔の心柱跡は現在標柱の立っている位置にありますが、心礎は基壇面上ではなく、基壇の下におかれる地下式の構造となっています!!
なお、基壇下にある心礎と基壇面上の礎石は、同時期のものではなく、心礎が創建時、四天柱の礎石が再建時のものだそうです♪

大きな石が心礎です!!
創建、再建の時期については、出土した瓦の時期の偏りなどから、白鳳時代と奈良時代前半頃と想定されています。

基壇面上には四天柱の礎石が2石残っていますが、原位置を保っているのは右側(北東)の1石のみです。
左側の礎石はひっくり返されているみたいです(^^~

北東の礎石です!!
加工した跡がありました(^^~

今回の調査では基壇の構造の確認の他に、寺域北限、寺域南限、講堂の捜索などが行われています!!
写真は寺域南限の調査でした!!

堆積した地層から、この地が古くとも中世以降にかなり造成などが行われていたことが判明しています!!
昨年まで調査を行っていた金堂は、基壇土が最大でも厚さ20cmほどしか残っておらず、おそらくこの造成時に大きな影響を受けたと思われるようです!!

このあとすぐ近くの寺町まで行って、願勝寺に保管されている「塔心礎」の石膏でとった型を見せてもらいました!!
このあたりには、古代の土地区画の条理地割りが残っていて、「郡」を治める役所の「郡衛」の存在を示す「郡里」の地名や、交通の要衝である「駅家」や「馬次」の地名も残っています!!

願勝寺の境内には、このあたりの遺跡の出土品を展示した「美馬郷土博物館」があります♪

たくさんの貴重な展示物に驚きました(^^~
「郡里廃寺跡」から少し東の「段の塚穴」の出土品もあり、この地域の歴史が早く解明されたらと思ったのでした(^^~♪
(*⌒▽⌒*)♪